2010-02-27 21:53
――――――――――――
「ユーリ・・・・・・っ! ユーリ!?」
力の放出と共に浮力を失い、アレクセイの頭上へと落下した巨大な人工聖核。
その向こう側にいる筈のユーリをフレンが呼ぶ。
「くっ・・・・・・! 僕はユーリを迎えに行きます! 皆さんはお早く退避を!」
「馬鹿言うんじゃないわよ隊長さん! 俺も行くわ!」
駆け出そうとしたフレンの腕を掴み、レイヴンが立ち上がる。
軽口を装ってはいるようだったが、その額には怪我の痛みからくるものではない冷や汗が滲んでいる。
ユーリの姿が見えないだけで心が潰れそうになるほどに不安になるのは、二人とも同様なのだ。
しかし状況は逼迫している。
落下した人工聖核によって地板に入った亀裂が広がり、辺りが危うく揺れだしたのだ。
古代の技術だけあり遺跡自体は頑丈そうだが、この天板は直に崩れるだろう。
いずれにせよ長居は無用である。
「ここは危険です! 貴方はエステリーゼ様たちを頼みます!」
「あ! ちょっと・・・・・・!」
今度こそ走り出したフレンに、レイヴンは舌打ちする。
振り向けば、アレクセイに受けた傷に苦しそうに呻きながらも立ち上がる仲間たち。
表情の険しいジュディスとレイヴンの目が合う。
一刻も早く子供たちを非難させなければならないだろう。
それが判っているからこそ、ユーリをフレンに任せざるを得ないことに、レイヴンは歯軋りした。
「・・・・・・ユーリに何かあったら、ただじゃおかないぞ、フレン・・・・・・!」
レイヴンは苦々しく呟き、カロルを担ぎ上げ、昇降機に向かって駆け出した。
「―――ユーリ! どこに・・・・・・ユーリ?」
ごごご、と不穏な破壊音の響く天板で、フレンは言葉を失った。
「た、隊、長・・・・・・」
頬に涙を滑らせたソディアが、座り込んだ姿勢のままゆるゆると振り向く。
しかしフレンの視線は、ユーリに―――倒れ伏したユーリに注がれており、ソディアなどその視界に入ってすらいなかった。
「はぁ、はっ・・・・・・! ああ、そんな! ユーリッ!」
ユーリを中心に広がる血溜まりに、フレンは心臓が止まる思いで駆け寄る。
うつ伏せに倒れているユーリを助け起こすと、腹部から突き出た小剣の柄が見えた。
震える手で、それでもゆっくりと、剣を引き抜く。
ず、という湿った音と共に、白銀の刃が姿を現す。
どぷりと血が溢れた。
「ぁあ゛ぁああ・・・・・・!」
「ユーリ、ユーリすぐ治すから・・・・・・!」
患部を押さえつけて血の流れを止めながら、フレンが使える中で最も上位の治癒術を唱える。
しかし深々と刺された傷は中々塞がらず、ユーリの口から溢れる吐血も止まらなかった。
フレンの両目から涙が零れる。
あの、ユーリが。
強く、アレクセイをすら打ち負かしたユーリが。
どこにあっても、自分の心の拠り所であったユーリが。
地に伏し、血に塗れ、死に面している。
フレンにとっては、世界の終わりに等しい悪夢だった。
「ご、ごめ、ごめんなさい・・・・・・! 私、私が、」
「うるさいッッ!」
震える声で謝罪の声を絞り出したソディアを、フレンが憤怒の形相で制する。
もちろん、彼女に言いたいことは多くあった。
彼女を罵り、殴り倒したい思いも強くあった。
しかしあらゆる激情が入り混じった心と頭はうまく機能せず、体はただユーリを抱きしめるのみにとどまった。
辛うじて出た言葉は、彼女の自己弁護を止めるものだった。
「フ、レ・・・・・・」
「ユーリ!?」
己を呼ぶ声に、フレンがユーリを抱きしめる力を強める。
普段ならば考えられないそのか細い声に、涙がまた零れた。
「ユーリ・・・・・・ユーリ、何? 聞こえないよ」
何かを伝えたがっているらしいユーリはしかし、はくはくと口を動かすだけで、そこから言葉は紡がれない。
時折言葉の断片らしきものは聞こえたが、それを繋ぎ合わせることは至難だった。
やがて言葉に頼ることを諦めたらしいユーリは、血に濡れた手をフレンの頬に這わせる。
フレンは思わず、その手を強く握り締めた。
命の瀬戸際であるにもかかわらず、ユーリがふ、と微笑む。
その時、フレンの中で何かが弾け飛んだ。
霧が晴れるように、頭がクリアになる。
そうだ、何をしている。
このままではユーリは死んでしまうぞ。
血はまだ止まっていないのだ。
そして、自分の力では止められない。
―――だったら、さっさとここから運び出せ!
き、と表情を締め、フレンはもう一度ユーリに治癒術をかけ、その痩身を抱き上げた。
既に辺りの崩壊はかなり進んでいる。
急がねば昇降機が機能しなくなってしまうだろう。
一歩、足を踏み出し、依然座り込んだままのソディアに言う。
「―――君も来るんだ、ソディア。ユーリを傷つけた君を僕は許さない。許すことはない。こんな所で死んで
逃げさせはしないぞ」
「あ・・・・・・・・・!」
ば、と弾かれたようにソディアが立ち上がる。
それを確認して、フレンは駆け出した。
こんな所で、ユーリは死なせない。
死なせて良い訳がない。
そう強く思い、力なく腹部に置かれた、ユーリの左手に目をやる。
そこだけは血に汚れていない魔導器が、光を受けてきらりと光った。
フレンには、ナイレンが自分に向かって激を飛ばしているように感じた。
そう感じた自分の思考に、フレンは苦笑し、肩口にもたれかかったユーリの頭に頬を寄せた。
「大丈夫だよ、ユーリ。・・・・・・君は僕が、死なせない」
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