2009-11-18 20:14
『追憶を裁く』のさらに続編です。これで終わり。
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ユーリが受け止めた刀を後方へいなし、右足を深く踏み込みながらなぎ払う。
しかし”彼”は、その攻撃髪を数本切られながらも回避すると、あっさりと後退した。
両者の間に、再び距離が生まれる。
それは仲間達の心を深く安心させた。
詠唱を中断させられたリタには大きな隙が生まれていたし、ジュディスやレイヴンの回復に専念することも出来る。
何より、あのまま二人―――と言うのは少々語弊があるのかもしれないが―――の一騎打ちになっていれば、恐らくユーリも無傷では済まなかったろう、という不安があったからだ。
「―――ジュディス、レイヴン。平気か」
ユーリが鋭く前方を見据えたまま、傷ついた仲間に声を掛けた。
二人はもちろんだ、とばかりに立ち上がる。
エステルも術式を止め、ワンドを手に取った。
「大丈夫だ、下がってろ。・・・・・・こいつは俺が、殺してやる」
殺す。
ユーリは再度、殺意を口にする。
しかしこの時、それを知る術は確かに無かったが、既に遅かった。
遅すぎたのだ。
ユーリは”彼”を殺すべきだった。
ただ、もっと早くに、殺すべきだったのだ。
刃を抜いたその刹那に。
存在を認識した瞬間に。
絶対的に、殺しておくべきだったのだ。
――――――”彼”の言葉を、聞く前に。
「おい、おい、おい。さっきから聞いてれば・・・・・・よう、”俺”。お前はいつから自殺志願者になったんだ?」
「ぁあ?」
「な、何? 何言ってるの・・・・・・? この人」
刀を左手で弄びながら、唐突に紡がれたその言葉に、思わずユーリは聞き返した。
幼いカロルが、不安げに眉を寄せたまま、疑問符を発する。
戦うことに対するものではない、正体の掴めない恐怖が、仲間達の心の底から湧いてくる。
そして本能が、掠れた、聞き取りにくい声で警告する。
駄目だ、ユーリ。
聞いてはいけない。
「カロルまでそんな事言うのか? 他人行儀だな、いくら俺でも傷つくぜ?」
もはや誰も口を開けない。
その沈黙が、”彼”の言葉を促してしまうというのに。
心だけが、頭とまったく繋がってくれない心だけが、警鐘を鳴らし続ける。
―――聞くな!
「俺はお前でお前は俺なんだぜ。言ってんだろ? ”よう、俺”、ってな」
俺という存在はお前自身。
つまり俺を殺すという事は自分自身を殺す、つまり自殺に値するという事。
理解できない訳ではない。
”何を言っているのか”という事は判る。
だがそうではない。
彼らが感じている恐怖は”そんな事”ではない!
「それは違う」
「違わねぇよ」
「違う! お前が”俺”ならば、どうして俺たちに剣を向けた!?」
ユーリの声が震える。
この場に淀む恐怖を、今最も感じているのは彼だった。
「非道い誤解だな、”俺”。お前にはだから、剣なんて向けていないだろう? 俺が殺そうとしたのは”お前以外”さ。けれどそれについて何故と言うなら、それは簡単だよ。”お前が、そいつらを殺したがっているから”だ」
「有り得ないッ!」
「有り得なくないさ! 奴らは悪だ!」
ユーリの額を、頬を、冷や汗がとめどなく流れ落ちる。
有り得ない。
彼らは仲間だ、守るべき大切な者たちだ。
己が殺す訳が無い。
そんな事を、思う事すらある筈が無い。
「害なる悪は例えそれが誰であろうと殺す! そうだろ!? 魔導器を狙う破壊者! 世界の調和を乱す異端者! 信頼に仇なす裏切り者!」
どいつもこいつも悪ばかり!
生きているにも値しない!
「・・・・・・不義には罰を。俺はそれに従ったまでだぜ」
―――絶句。
この状況を言うならば、正にその言葉が相応しかった。
ユーリの荒い息がこだまする。
硬く握られすぎた刀がカタカタと鳴る。
歯が噛み合わない。
「ユ、」
「違う! 俺はそんな事を考えたことなんて無い!」
名を呼んだエステルを制止して、ユーリが叫んだ。
その表情は、困惑、恐慌、焦燥、それらに支配されており、完全に平静を失っているのが判る。
どんな状況下においても冷静さを失わず、常に一歩引いたところから事実を見極めていたユーリ。
普段の彼からは想像すらも出来ない表情だった。
「”考えた事なんて無い”? それは言葉遣いがおかしいぜ、”俺”。いいか? 今のを判り易く言い直してみるぞ?」
”ユーリ”が大仰に手を広げ、よく聞こえるように声を張る。
「俺の信念は思いを貫くことなんだ! そう! 俺の信念は思いを貫かないことなんだ!
―――な? 馬鹿っぽいだろ? 矛盾してるぜ。・・・・・・”俺”がそうだと言っているんだから、そうなんだよ」
あんまり馬鹿な事言わせないでくれよ。
そんなキャラじゃないだろ?
「違うッッ!」
ユーリの糾弾の声。
その響きは、もはや悲鳴との違いが判らないほどだった。
「悪も死ぬべきもお前だ! お前の言葉には何一つとして真実など含まれていない!」
「はぁ。まったくお前は俺を否定してばかりだな。これは映し出された自問自答。俺を拒絶する事は自分を拒絶するって事なんだぜ? 判ってんのか?」
ユーリの足が地面を蹴り上げる。
「う」
疾走、接近、刃を振り上げる。
「るさ」
”彼”は逃げない。
「―――い!」
・・・・・・仲間たちには、ただ見ていることしか出来なかった。
ユーリの突き出した凶刃が、”ユーリ”の左手を切断。
刀を握ったまま、上腕から先が血飛沫を上げて落下した。
”彼”の顔が苦悶に歪む。
「ううううう! お、俺を悪だと責めるなら、それはお前自身に跳ね返る言葉の刃だ! 俺が悪ならお前も悪だ! ラゴウを殺しキュモールを殺し、その上”俺”まで殺すのか!」
「煩い!」
ユーリが、返す刀で腹部を貫通。
冷たい金属で乱雑に内臓を突き破られた”ユーリ”が激痛に絶叫。
崩れ落ちるように倒れた。
「しょ、所詮こここれが、お、おま、お前の真実だだ! 相、手に何の猶予も選択、も、あたあた与えず、ただ殺す! 忌まわ、しい、殺人鬼め!」
「煩い!!」
既に緩慢に死に向かうのみの命に、ユーリが剣を突き立てる。
執拗に、何度も何度も、肉を抉る。
「煩い! 煩いッ! 煩いッッ!」
”ユーリ”は尚も言葉をつのったが、口から出るのは、喉で血の泡立つ不快な音だけだった。
完全に停止し、痙攣すらも治まったそれは、既に肉塊と化している。
しかしユーリの、”ユーリ自身”に対する断罪は止まらない。
「―――ユーリ! ユーリもういいっ」
武器を捨てたレイヴンが、振り上げられた腕を止める。
びくり、と肩を揺らしたユーリが、そろそろと振り返る。
顔は返り血で濡れていた。
呼吸は乱れ、喘鳴が聞こえる。
瞳は惑い、揺れていた。
「・・・・・・―――、あ」
ぽろ、と右目から、唐突に一粒の涙が零れ落ちる。
レイヴンは瞬間的に、考える暇も無く、その痩身を力の限り抱きしめていた。
逞しい腕の中で、ユーリは眠るように、ゆっくりと意識を手放した。
・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・。
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終わってしまえ!
ユーリを糾弾させたかっただけなんですが、ユーリを糾弾するならユーリしないねぇかな的な・・・・・・
何か、いつもクールなユーリも、自己嫌悪とかを感じてるんじゃないかなとか・・・・・・
一応続きも考えてはいるんですが、とりあえずここで切りました(汗)
しかし続くのかこれ・・・・・・
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