2009-11-18 20:18
ユリリタ。ハルルの宿屋でお勉強。最後はレイユリ。
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ハルル老舗旅館 『デネボラ』
麗らかな日差しが、薄いカーテン越しに室内を照らす。
気温は高くもなく、低くもなく。
時折気まぐれに飛んでくる花びらが、しおり代わりとでも言うようにページの隙間に落ちる。
正に絶好の読書日和だな、と。
ユーリは読んでいた初心者用魔導理論からしばし顔を上げ、ふあ、と欠伸を漏らした。
「しかし読書日和ってのは、同時に昼寝日和でもあるんだな・・・・・・ねむ・・・・・・」
「あら、あんたが読書なんて珍しいわね。眼鏡まで掛けちゃって」
ノックも無しに部屋に入ってきたリタが(念のため言っておくがここは男部屋である)、ユーリを見るなり目を丸くした。
感心した風に言っているが、すぐに「明日は槍でも降るかもね」と、嫌味を付け足すことを忘れない。
まったく素直でないことだ。
ちなみにユーリの掛けている眼鏡というのは、今朝読書をすると言ったユーリに、ジュディスが「何事も形からよ」と、渡してきたものである。
「ま、たまにはな」
「ふぅーん・・・・・・って、しかも魔導書!? ますます似合わない!」
僅かに覗いた表紙の文字を読み取って、リタが解せないとでも言いたげに高い声をあげる。
こつこつと靴音を響かせながら、リタはユーリの魔導書を覗き込んだ。
その顔は既に科学者リタ・モルディオのものになっている。
「基礎の基礎か。ま、あんたにはこれくらいの方が、確かにちょうど良いかもね」
「自分の才能くらい弁えてるさ。それより、何か用があって来たんじゃないのか?」
「え? ああ、暇だしガキんちょ相手に新術の研究でもしよっかなーって思ってただけ。大した用じゃないわ」
「・・・・・・そうか」
了承した覚えもないのに修行相手に任命されて、しかも理由が暇だから。
哀れすぎるな、カロル。
と、レイヴンと一緒に情報収集に出掛けているカロルに思いを馳せた。
その間も、リタはふんふんと魔導書を―――ユーリ越しに―――読みふけっている。
この程度の魔導理論、リタならば問うまでもなく完璧に理解しているだろうが、そんなに興味を引くようなことが書いてあったろうか、とユーリは首を捻った。
ユーリは窓際の、年季の入った木製のウィンザー・チェアに座っているのだが、リタが強引に本を覗き込んでいるので、少々姿勢が辛そうだった。
「でもあんたこれ、治癒魔術の理論書よ?」
「判ってるよ。ま、どうせ駄目で元々だけど・・・・・・エステルやレイヴンにばっか頼ってんのも悪いしな」
イメージが違う、と顔に書いてあるのを見て取って、ユーリが苦笑する。
実際、使いこなせるようになるなどとは思っていないが、前衛である自分は大なり小なり怪我を作っては治してもらっているので、せめてかすり傷程度は、自力で治せるようになりたいと、常々ユーリは考えていた。
「で、あんたこれ少しは理解できてんの?」
「いやまったく」
「やっぱり」
まったく進んでいないページ数を見て、リタが呆れたように、しかし柔らかく笑った。
そこに「しょうがないなぁ」という、リタの優しさを見て、ユーリも笑った。
ここに、一日限定モルディオ先生の魔導講座が開かれることとなったのである。
「いーい? まずは魔導ってのが何なのかを理解することから始めなきゃ意味がないわ。剣術と違って、魔導は感覚的な術技よ。あんたの中で、正確に捉えることの出来る、魔導に対しての固定観念を作んなきゃなんないわ」
「へぇ。じゃ、魔導ってそもそも何なんだ?」
「少しは自分で考えろ!」
べし! とリタのチョップがユーリの頭に直撃する。
インテリ的な題材にしては、暴力的な教室だった。
「読んで字の如く、よ。魔を導く。この場合、魔ってのはエアルね。生々流転の理に則り、血の巡りに乗ってその力の増幅を助けるの」
「意味判らない」
「結論を出すのが早い!」
べし! と二発目のチョップが落とされる。
理解させようという割には、いささか強引な教室だった。
「全てはイメージよ。イメージ。治癒なら・・・・・・そうね、自分の体を樹だと思うと良いわ。足が根、胴が幹、腕が枝、頭が葉。根でエアルを吸い取り、胴を通って葉で昇華させ、枝を伝って相手に分け与える。オーケイ?」
「難解過ぎてさっぱりだ」
「初歩だっつーの!」
べしいっ!
本日三発目、渾身の力を込めて放たれたチョップを受け、ユーリの頭が小気味の良い音をたてた。
しかしそうは言われても、この『イメージ』、連想というものが、どうにもユーリは苦手だった。
ユーリは、どちらかといえば天才肌で、頭の回転も速い。
勉強が嫌いだとは言っているが、普通の学問ならばむしろ人並み以上には出来るのだ。
ただ、この魔導というものは、どうしてもこういう感覚的な概論が多くなるため、ユーリは苦手としていた。
研究者たちですら、時折その解釈の仕方について衝突するのだから、無理もないのかもしれないが。
「はぁ。やっぱ俺には向いてないのかね」
「諦めんのが早すぎるってんのよ! ほら、このページの図なんか―――」
「お、おい」
ぐいぐいと体を押して乗り上げ、左ページの図を指し示すリタだったが、むしろその、リタの体で本が見えなくなってしまったために流石に引き止める。
その体勢でリタが、何よとばかりに顔を上げたので、至近距離で見詰め合う形になってしまった。
はたと、動きを止めたリタの瞳に、困惑顔のユーリが映る。
線の細い輪郭に白い肌、深い紫黒の瞳。
銀縁のハーフフレーム眼鏡のせいか普段よりもより洗練された印象を受ける。
そのくせ、見詰め合うその表情はきょとんとした、普段見ない幼いもので。
至近距離である所為でその黒髪が鼻先をくすぐり、ふんわりと甘い香りがした。
リタの顔に、急激に血が上る。
頭で考えるよりも先に、この凶悪な生物と距離を取ろうと腕を突っ張っていた。
「わ、わ、わあ!」
「ぐぇ!」
ただ、その突っ張った腕の先がグーであったために、ユーリが蛙の潰れたような悲鳴を上げる。
こんな時でさえ暴力的な少女である。
「あ、あー、その、あ、あたしこの後、エステルに呼ばれてて・・・・・・そう! エステルに呼ばれてるのよ! あ、あたしったら何忘れてたのかしら! じゃああたしもう行くわね! あんたの勉強見てやれないのは残念だけど、用事があるから仕方ないわね! うん、仕方ない! それ以外の理由なんて本当、無いから!」
誰に向かっての釈明なのか、ノンブレスでまくし立てた後、何故かもう一発ユーリにチョップをくれてから、リタは荒々しく走り去っていった。
ユーリからすれば唐突で不可解過ぎる一連の行動に、ユーリはぽかりと口を開け、しばし呆然とした。
まるで晴天の霹靂でも目撃したかのような表情である。
「あーらら・・・・・・リタっちもホント、不器用ねぇ・・・・・・」
再び一人になった室内の空気に、間延びした声が割って入る。
リタによって蹴り開けられたために、微妙に歪んでしまった扉を開けて入ってきたのはレイヴンであった。
カロルの姿は見えない。
「レイヴン、戻ってたのか?」
「たった今ね」
実際は暫く前から、ドア越しに中の様子を伺っていたのだが、もちろんそんなことはおくびにも出さない。
クエスチョンマークを飛ばしているユーリと違い、レイヴンはリタの豹変の訳を、おそらくは正確に理解していたが、それをユーリに教えてやるほどお人よしではなかった。
幼いゆえに気持ちのコントロールが出来ず、この場を去るという選択肢しか選べなかった少女に同情したのも、一瞬のことだった。
レイヴンはすぐさまに心を切り替え、甘えた声で(キモいと一蹴されてしまったが)ユーリを呼んだ。
「せいねーん! そんな本読んでないで、おっさんにも構ってー」
「あー、はいはい」
満開に花開くハルルの樹の下で、今日も恋の花が一つ、咲きそびれていた。
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ツンデレ難しい!
勉強嫌いって言うけど、私の中でユーリは頭良い設定(勝手に
あと、私はどうしてもレイヴンをどっかに入れたいらしい(汗
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