2010-02-27 21:21
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そこはうらぶれた倉庫街だった。
辺りは暗いが、時刻はそれほど遅くはない。
子供たちは寝かせられているかもしれないが、中心街では未だ酒を片手に騒いでいる男たちがいるだろう。
しかしそんな喧騒も、ここまでは聞こえてこない。
そしてそんな、さながらゴーストタウンを彷彿とさせる路地を今、ひたすらに赤が染めていた。
月の淡い白光の元、それは一層に強調されてレイヴンの瞳を打つ。
切り伏せられた三体の死骸。
うち二体は―――恐らく一太刀で、首を跳ね飛ばされている。
残りの一体は胴を薙ぎ払われており、桃色の腸が飛び出し外気に触れて湯気を上げていた。
いずれにしても無残の一言に尽き、表情は驚愕と絶望に歪ませられている。
犯人が誰であるかなど、疑問に思うまでもない。
その三つの惨殺死体の中央に、場違いな白い病院着を揺らすユーリが立っていたのだ。
白い、と言ってもそれはもはや返り血で朱色に染まっており、白であると判断できる面積の方が少なくなってしまっている。
薄い衣によって体の線の華奢さがありありと判った。
刀を握り締めたその左手からも血が滴っており、その目は焦点を失ってしまっているように見える。
脇に、投げ捨てられた鞘が転がっていた。
「ユーリ・・・・・・っ!」
レイヴンが呼ばう。
ユーリが振り向く。
しかしそれは大分と緩慢とした動作だった。
血に濡れた顔、けれど泣きそうな。
レイヴンが血溜まりに沈む地面にも気をかけず、反射的にユーリに駆け寄った。
それを合図にしたように、ユーリの膝からがくんと力が抜ける。
元々ユーリの体は自分を支えることすら難しいほどに痩せてしまっているはずなのだ。
病院から抜け出し、大の男三人を切り伏せる事など、本当ならば出来るはずもないのだ。
レイヴンには、そこまで彼を急き立てたものが何であるのか判らない。
抜き身の刀が落ち、金属質な音を立てる。
ユーリの痩躯は、レイヴンの腕に抱きとめられた。
「お前、自分の体が今どんな状態なのか判っているのか!」
叫び、手で骨ばった、一回りほど小さくなったのではないかという気すらする体を弄る。
どうやら怪我は無いようだった。
少なくともユーリ自身は血を流していない。
冷や汗を流すレイヴンを横目に、ユーリが血色の悪くなった唇を開く。
「・・・・・・こいつら、闇ギルドの人間だ。・・・・・・最近、この街でよく子供がいなくなるだろう」
「―――!」
レイヴンが、はっと死体の顔を凝視する。
歪みきったその表情と、先ほどはユーリの事しか見えていなかったから気づかなかったが、それらはレイヴンにも
少なからず見覚えのある顔だった。
以前、カウフマンを首領としたギルド幸福の市場に所属していた者たちだ。
度重なる命令違反と品物の横領などから、カウフマンに追い出されたと聞いていたが―――。
ユーリの言う、”子供がいなくなる”という情報も事実だ。
最近ではほとんどダングレストにいない、レイヴンの耳にすら届いているほどである。
つまり、この殺された男たちは、人身売買に手を染めていたということだ。
この二つの事実から導き出せる答えなどそれしかない。
何という下劣で姑息な手段!
この惨い死も当然たる制裁であるだろう。
だが。
それでも!
「言ってくれれば! 俺が手を下すことだって出来た! ユニオンに連絡をする事だって出来たッ!」
「その間にこいつらが逃げる可能性は否定できない。タイムラグはゼロには出来ない」
「・・・・・・・・・ッ!」
激昂し声を荒げるレイヴンとは対照的に、ユーリの言葉はとても淡白だ。
あるいは感情というものを表現することすら、ユーリの体力を奪うのかもしれなかった。
言い返せずに、レイヴンが唇を噛む。
ユーリはもう首を動かすことも億劫なのか、瞳だけでレイヴンを見つめた。
「俺がやらなくてはならない義務は無いかもしれない。でも俺がやらなかった時に違う誰かがやってくれる保証はない」
ユーリの言っていることは正論だ。
ただそれが”最善”であるかと問われれば、その答えは否である。
けれども今のレイヴンには、ユーリの言葉に反証する答えを持っていない。
言葉を詰まらせるレイヴンの腕の中で、ユーリの体がどんどん冷たくなっていくのを感じた。
体を暖めるための栄養が足りないのだ。
その上返り血が乾き、気化熱を失ってしまっている。
レイヴンは頭を振った。
この三人については、後々ユニオンに報告すれば良い。
放置して鳥に目玉を取られようが野犬にはらわたを食べられようが、それが当然の報いだろう。
死体から得られる情報は多い、子供たちを売っていたルートも直に判明するだろう。
だからそんなものは後回しだ。
そんなことよりも、今はユーリだ。
「・・・・・・ユーリ、とにかく戻るぞ。―――何か食べないと」
「体が受け付けないわけじゃないんだ。ただ・・・・・・食欲が、無くて」
自分でも不思議なくらいに、と続ける。
レイヴンは目を伏せ、ユーリを横抱きにして立ち上がった。
ここから病院まで。
近くはないが、軽くなってしまったユーリを抱き運ぶことなど訳は無い。
「・・・・・・ねぇ、ユーリ。だったらこれからは、おっさんのために食べて頂戴」
口調を出来る限り、優しく、温厚に、いつもの自分を思い出す。
ユーリはやはり、視線だけでレイヴンを見た。
「ユーリが食べたくなくても、おっさんが食べて欲しいと思ってるから、食べて。おっさん、甘い物苦手だから、その分
もユーリが食べて。ユーリが何かを食べて、笑うのを見るのが好きだから」
「おっさんのために?」
「そう、俺のために」
無邪気とすら言えるほど、疑問以外の色を持たない黒い瞳に笑いかける。
ユーリも薄く笑った。
薄い頬が笑みの形を作る。
「判った。レイヴンのために」
生きよう、と。
レイヴンには、そんな言葉の続きが聞こえた気がした。
己の妄想に、過ぎないのかもしれないが。
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ひどい尻切れトンボ!
レイヴンがユーリのリハビリを助けるところを書きたかったんですが、思いつきで書くのでこんなことに。
あと、レイヴンがどうやってユーリの居場所を見つけたのかはもう面倒くさいのですみません(汗)
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