2010-02-27 22:13
「あれぇ? 奇遇ですね、ええと―――田中、トムさん」
「ぅげっ・・・・・・」
嫌な奴に・・・・・・本当に嫌な奴に会ったと、池袋最強、平和島静雄の上司であるトムは、苦い呟きを洩らした。
視線の先には見慣れた黒いジャケット。
情報屋、折原臨也である。
ある冬の日のことだった。
「ひどいなぁ。俺、貴方に何かしましたっけ?」
どの口が言うか。
知らぬ人間から見えれば愛想の良い笑みを浮かべながら言う臨也に苦々しく思いながらも、トムは煙草を咥えることで言葉を飲み込んだ。
口でこの男に勝てるとは思っていない。
「・・・・・・お前、ここ池袋だぞ。頼むから、”あいつ”来る前にどっか行ってくれ」
「あはは、心配しなくてもすぐに行きますよ。俺の方の用事はもう終わったんで、そろそろ新宿に帰りま
す。それに―――どうせシズちゃん、しばらく戻ってこないんでしょう?」
にやにやと笑いながら言う臨也に、トムははっと視線を上げた。
知っているのか。
しばし瞠目し、しかしすぐに臨也という男の職業を思い出して顔を背ける。
情報屋。
知らない筈がなかったか。
だからこそわざわざ、こんな池袋の端にまで出向いてきたのだろう。
相変わらず―――性質が悪い。
トムは溜息をつく。
静雄がしばらく戻ってこないというのは事実であり、トムがこんな寒々しいぼろアパートの前で突っ立っていることにも関係があった。
しばらく前、集金先でトラブルに巻き込まれた静雄は、その場に居た一人の男に、あまり笑い事では
済まされない怪我を負わせてしまったのだ。
相手はナイフを所持しており、また先に手を出したのは静雄ではなかったが、それにしても切り傷一つに対して、左腕に肋骨三本、それに肺一つはやり過ぎた。
怪我をさせた男が後ろ暗い人間でなかったら、確実に静雄は警察の世話になっていただろう。
トムの訪れているアパートは、その相手の男の住居だった。
治療も終え、今は自宅で療養しているという話を聞き、静雄が謝罪に行きたいと言い出したのだ。
トムは謝罪など不要だろうと言ったのだが、会社に迷惑は掛けないからと、申し訳なさそうな顔で言われれば、もはや頷くことしかできなかった。
「先に手を出したのはあっちなんでしょう。池袋最強に喧嘩売るなんて、阿呆としか思えない。自業自得だ」
臨也の声に、トムは過去の回想から意識を浮上させる。
「本当、シズちゃんて優しいですよね。馬鹿みたい。トムさんもそう思いません?」
しかし一瞬、言葉の意味を理解できず沈黙してしまう。
「・・・・・・は?」
てっきり静雄を馬鹿にするかからかうか、まあ大して違いはないがともかくその二択で考えていたトムは、予想外の問いに面喰ってしまったのだ。
静雄が優しい?
確かにそれは事実だ。
仕事の上司として行動を共にすることも多いし、彼の家族と、たまに話しているのを見かける友人らしい黒ライダーの次くらいには、彼の人柄その優しさを知っているつもりでいる。
しかしその事実を、まさか犬猿の仲であるこの男の口から聞くことになるとは夢にも思っていなかった。
「そういう所が―――シズちゃんのそういう所が、俺はたまらなく嫌いで、狂っていると思うんですよ」
目を伏せ、常にない凪いだ声で言う臨也に、トムは開きかけた口を閉じた。
先ほどから彼の口調は己へと語りかけるものだが、何故だか返答は求めていないように聞こえたのだ。
それに何事かを返してしまうと、途端に彼の口が身を守る貝のようにぴったりと閉じ、次に開くときはもう、いつもの二枚舌を操るそれに戻ってしまうのではないかと思えたのだ。
何よりもこの、ある意味で最も静雄に近いと言える男の、”本音”というものに興味があった。
そして、今この男が語っていることは、偽りない彼自身の本心だろうと、直感的に確信できた。
「本来、ああいった力を持った存在は―――孤独であろうとすべきなんですよ。確かに彼は今も昔も孤独であるけれど、自らそうあろうとはしていない。誰かが自分に手を伸ばすことを望み、けれど自分に触れることで相手が傷つくことを恐れている。馬鹿みたいだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
トムは沈黙をもって、先を促す。
「彼が何故、そうするだけの十分な力を持ちながら、俺を殺さないのか判りますか? 彼にそうさせている何かがあるからです。何か。それは慈悲。相手を慈しみその死を悲しむ心。貴方も諭されたことがあるでしょう? ”人に暴力を振るっていはいけません”」
そこで一旦言葉を切り、臨也はトムを見つめる。
トムも臨也を見つめ、その瞳から何かしらの感情を読み取ろうする。
しかしそこにあるのは、ただ人を惑わせる美しく忌まわしい紅の瞳だけだった。
「滑稽だ」
視線は外されない。
「滑稽だ」
臨也は繰りかえす。
「どんな物理的な束縛をも受け付けない肉体を持ちながら、彼はそんな人を愛するための弱々しい
良識に縛られる」
そこでふと、トムは臨也の視線が、己から微妙にずれていることに気がついた。
振り向きたい衝動を覚えるが、その行動が臨也の言葉を遮るようで、躊躇われる。
「優しくて、温和で、人が好い。誰からも愛されるはずの彼の本質。けれどそれを守る殻は厚過ぎて、外からの好意を全て拒絶してしまう。その中で息づく彼の意志とはまるで関係なく。なんてちぐはぐ。滑稽だ」
「滑稽で―――そして憐れだ」
辺りに、沈黙の膜が張る。
この男が口を閉じるまで、辺りには紡ぎだされた言葉で満ちていただけに、トムにはこの沈黙が妙に
くすぐったかった。
にこり。
唐突に、何の揺れも見られなかった臨也の表情が、優し”げ”な笑みに作り替えられる。
「少し、喋り過ぎましたね。俺はそろそろ行きますよ。貴方の部下によろしく」
「あっ・・・・・・おい、」
馴染んだ雰囲気を纏い、軽い足取りで去って行く臨也に、トムは掛けるつもりだった言葉を心中で呟いた。
お前が言ったことは全て真実だが、その一部はお前にも当てはまる。
人を個として愛せないお前は、そのストレートな感情を”お前の定義で人ではない”静雄にしか向けることが出来ない。
そして自分の知る限り、人というのはそういう、憎しみであれ愛であれ、己の感情を受け止める相手を
多かれ少なかれ必要とする存在だ。
つまりお前は、憎み、憐れんでいる平和島静雄に救われている。
滑稽―――なのだろう。
「・・・・・・すんません、トムさん。お待たせしました」
「! 静雄」
見計らったかのようなタイミングで階段を降りてきた静雄に、トムが小さく驚く。
「・・・・・・お前、聞いてたのか?」
「・・・・・・何をっすか」
返答までの短いタイムラグ。
ああ、やはり。
「・・・・・・別に、どうもしねぇっすよ。俺はあいつが憎い。あいつは俺が煩わしい。それだけです。ずっとそうだった。今更、」
「・・・・・・静雄?」
不自然に途切れた台詞に、トムが呼びかけるが、静雄は緩く頭を振り、その先は続けなかった。
と、右のポケットに振動。
そこには携帯電話しか入れていない。
恐らく会社からの呼び出しだろう。
急激に現実に引き戻されていく感覚を感じながら、トムはやれやれと頭を振る。
ディスプレイを確認しながら、トムはそういえば臨也は、一度も静雄の名を呼ばなかったなと、考えていた。
―――――――――――――――
デュラララ第一弾!
要領得なくなっちゃいましたが主に私が思ってることを臨也に言わせたかっただけww
でも本当、シズちゃんがもっと残忍な性格だったら、あんなに苦しまなくて良いのになと思いました。
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