2009-11-18 20:39
レイユリ。男の夢。ほぼレイヴン視点です。
―――――――――――――――
レイヴンは思い返す。
あれはそう、トルビキア大陸の東の平原を越そうとしていた時だった。
どこかに引っ掛けたのかそれとも魔物にでもやられたか。
ふと自分の着ている梅紫の上着の、裾が五寸ほど裂けているのを見つけた。
自分でも言うのもなんだが、少しくらい衣服が汚れたり傷ついたりしたくらいで気にするような性分でもないし、放っていても良かったが、裂け目が広がって着れなくなるのは少し困る。
そう思い、手先が器用でこの手の作業を得意としているカロルにでも繕ってもらおうとユーリに少年の居場所を聞いたら、このくらいなら自分にも出来ると上着を取り上げ、取り出した針と糸でものの数分とかけずに直してしまった。
そして昨日だ。
魔導士、研究者という職業柄仕方のない事ではあるかもしれないが、リタという少女の生活は基本的に不規則である。
一度何かに没頭し出すと、周囲の声などまるで、それこそ耳に蓋でもしているのではないかというほど聞こえなくなってしまう。
昨夜もランプを灯し、一人徹夜を決め込んでいたようだった。
常ならばユーリも、多少の夜更かしくらいで咎めはしないが、ここの所彼女の不眠が続いていて、薄っすらとくまが出来てしまっているほどだった。
確かにそろそろ注意するべきだとは思っていたが、自分がそれを言う前に、ユーリが読んでいる本が終わるまで、と言っていつまでも寝ようとしないリタを―――あのリタを!―――丸め込んで眠らせてしまったのだ。
彼女が唯一逆らえない、というか最終的に絆されてしまうエステルという存在を巻き込んだのだが、流石に良く判っている、と感心したものだった。
そこまでぼんやりと記憶をなぞって、視界を過去から現在に戻す。
今は夕刻である。
ヘリオードへと向かう道中、大きな魔物の群れに出くわしてしまい、それを避けようと大きく迂回したのだが、思いのほか時間がかかり、野営をすることになってしまった。
のだが。
目の前に並ぶほくほくとした料理を眺めて、レイヴンははて野宿というものはこうも気持ちの良いものだったかと考える。
ふっくらとした身もそのままに、自分好みの濃い味付けのとろりとしたサバの味噌煮。
程良いおこげの入った炊き立ての白飯。
栄養面も考慮し、しかしカロルたちにも食べ易いよう、炒り卵を乗せ更に一手間掛けた特製ドレッシング付きサラダ。
「しかも美味い」
「何か言った? レイヴン」
ぼそりと呟いた言葉を、中途半端に拾ったカロルが疑問符を浮かべる。
そう、見た目もさることながら、ユーリの作る料理は美味かった。
味の好みの違うもの同士が食べて美味いというのだから相当だろう。
レイヴンはリタにおかわりをついでやっているユーリをじぃ、と見つめた。
何故自分が、唐突にあんな事を思い返していたのか不思議に思っていたが、なるほどそういうことかと納得する。
いつの世も、男が憧れるのは家庭的な女性なのだ。
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
「ゆぅーりちゃんっ! おっさんも何か手伝おっか?」
「はぁ?」
近くを流れていた小さな川で後片付けをしていたユーリに、語尾にハートでも付けているのではないかとすら思ってしまうほど、いつも以上に甘い声で話しかけてきたレイヴンに、ユーリが振り返る。
猫なで声から想像していた通りのにまにまとした顔が目に映り、ユーリは片眉を上げた。
料理というものは、誰にとってもそうであるが作るのは楽しいが後片付けは面倒だ。
手伝ってくれると言うのなら断る理由はどこにもない。
筈なのだが。
「あ―――・・・・・・いやいい」
「え、何で? ちょ、何でそゆこと言うの?」
ひどいひどいと呟きながら、しかしレイヴンはそのままユーリの横に座り込み、勝手に食器を洗い始める。
ユーリはその様子をしばらく見つめたあと、一つ溜め息を付き自身の作業に戻っていった。
鬱陶しいと遠ざけることも出来たが、そんなことをすれば最後、この三倍の騒がしさで嘆き悲しんで見せることは目に見えているからだ。
「ユーリってさぁ、料理うまいわよねぇ」
「? まぁそりゃ・・・・・・帝都じゃ一人暮らしだったし」
しばらく黙々と手を動かしていたレイヴンの突然の賛辞に、ユーリは戸惑いつつ答えた。
最近ではなし崩し的にユーリが食事を作っているが、別にカロルやレイヴンも料理が出来ないわけではないのだ。
褒められる事が嫌いな訳ではないが、意図の良く判らない会話にユーリは首を傾げる。
「お裁縫もちょちょーってやっちゃうし」
「別に、カロル程じゃねぇけどな」
レイヴンが、一人満足そうに頷きながら言う。
まるで何かを確認するような言い方だった。
「リタっちとか少年とか、子供の扱いも手馴れてる」
「・・・・・・おっさん、何が言いたいんだよ?」
ユーリが、皿を拭いていた手を止める。
更に、レイヴンの言葉で思考までもが止まった。
「いやぁ、おっさん、ユーリが嫁に欲しいなぁと思って」
からん、と、ユーリが滑り落とした皿が鳴る音が聞こえた。
旅用の物なのでガラスでは出来ていない。
割れることはないが、汚れてしまうと慌てて拾おうとしたユーリの耳に、レイヴンが口を寄せた。
「ね、勘違いしないでね。ユーリ”みたいな”、じゃなくて、ユーリ”が”、嫁に欲しいのよ?」
「・・・・・・ッ!」
今度こそ、完璧にユーリの動きが止まった。
によによと笑うレイヴンの目に、薄闇の中真っ赤に染まる耳が見える。
皿はもう一度洗わなければならないだろうが、どうでも良いことである。
ユーリはたっぷり十秒ほど固まり、それから大きく脱力した。
顔を見られないように、視線を地面に注ぐ。
「もう本当、恥ずかしい。おっさん恥ずかしい」
「えー、だって本心だもーん」
ねー、今度おっさんの家にご飯作りに来てよ。
誰が!
べしぃ、とレイヴンを殴る音が聞こえたが、それでも彼の声は幸せそうだった。
―――――――――――――――
最近ユーリのウェディング姿が見たい。
切に見たい。
ていうかウェディングじゃなくてもいいからドレス姿が見たい。
嗚呼、今更ながらにあの女装ネタが悔やまれる・・・・・・。PR
<<穏やかなる侵食/前編 HOME 魔女が笑う日>>
30 | 29 | 28 | 27 | 26 | 25 | 24 | 23 | 22 | 21 | 20 |