2009-11-18 20:27
レイユリ。ユウマンジュの温泉で二人きり。
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「ねー、ユーリやっぱり入んないの?」
荷物を置きながら、カロルが不満顔で言う。
温泉郷ユウマンジュ。
清掃中で追い返されたり、はたまたバイトをさせられたりと色々あったが、その見返りに宿泊永久無料券を貰ってからというもの、一行は近くに来るとこの旅館へ泊まるようになっていた。
主に女性陣―――とおっさんの邪まな―――の要望によるものだが、流石に高い金額を要求するだけあって、効能は確かだ。
疲労回復、肩こり、腰痛、神経痛、皮膚病、リューマチetc。
加えて美肌効果もあるというのだから、これはもう入らない手は無い!
―――・・・・・・という事らしい。
ユーリにしても異存は無かったし、何より無料なのである。
そのような理由で、この日も温泉に浸かりに来ていた訳なのだが、客室―――部屋は全て畳敷きで、この珍しい文化も仲間たちを楽しませた―――の窓辺に座り、外を眺めているばかりで動こうとしないユーリに、カロルが注意を促したのである。
「んー、俺は後でいいよ」
はぐらかすように笑うユーリに、カロルは眉を寄せた。
思えば初めてここへ来たときも、ユーリは何だかんだと言いながら、結局入りもしなかった。
たまには一緒にゆっくり湯に浸かろうと、カロルは食い下がる。
「そんな事言わずに一緒に入ろうよお。せっかくの温泉なんだし、一緒に入ったほうが楽しいよ?」
「そおよぉ青年。コミュニケーションも大切なんだから」
ずず、とおっさん臭く、部屋に備え付けの茶をすすっていたレイヴンが、説得に加わる。
しかしユーリは、しばらくレイヴンの顔を複雑な表情で見つめた後、ふい、と顔を再び窓の外へ逸らしてしまった。
「本当、気にしないでくれ。お前らは楽しんで来いよ。―――覗きはするなよ?」
そんな事しないよ!
と突っかかるカロルにユーリはまた笑い、ひらひらと手を振った。
あからさまに会話を終わらせようとしているのが判る茶化し方だったが、カロルはまだ幼いために気づいていないようだった。
レイヴンは、その光景をただ黙って見つめていた。
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「ふ―――・・・・・・」
今、ユウマンジュの大きな露天風呂に、ユーリは一人で入っていた。
時刻は、既に日をまたいでいるだろう。
ユーリ達の他にも宿泊客はいた筈だが、広い湯船に人影は見えない。
あの後、皆が風呂を出てから一つの部屋に集まって、何故かカードゲーム大会が開催されることになり、更に負け続きでキレたリタが発端で枕投げデスマッチに繋がり大変だった。
(特に可哀想にカロルはリタのいい的になってしまい、傷を癒しに来たというのにぼろぼろだった)
今頃は皆疲れて眠っているだろう。
わざわざその頃を見計らって、ユーリは湯に浸かりに来たのだ。
入浴時間に制限がなくて良かった。
ユーリの吐息が、湯煙に包まれた、冷えた空気に響く。
ところがそこに、唐突にユーリ以外の人間の声が響いた。
「あっれぇ、青年ってばこんな時間にお風呂? 風邪引いちゃうわよー?」
「ちょ・・・・・・レイヴン!?」
完全に油断して、風呂のふちに腕と顔を乗せ、うつらうつらとしていたユーリは驚いて顔を上げた。
突然の動きに水が驚いて、盛大にはねる。
心臓が跳ね上がる思いとはこの事だ。
しかしそれを言うならばレイヴンの心境こそが、しどけないユーリの姿を見て荒れに荒れていたのだが、そこはユーリのあずかり知らぬところである。
「こんな時間って・・・・・・あんたこそなんで」
「年寄りは眠りが浅いのよ。リタっちにいじいめられて、汗もかいちゃったしねぇ」
そう言って手際よくかけ湯をし、ざぷん、と少々荒っぽく湯に入る。
「あー極楽極楽」などとおっさん臭く笑っているが、ユーリはその顔を直視することが出来なかった。
ゆらゆらと視線をさ迷わせた挙句、温泉から上がろうとふちに手をつく。
が、仲間にすら滅多に隙を見せないユーリの、明らかな挙動不審にレイヴンが気付かない筈がなく、腕を取られて阻まれる。
ユーリが嫌がって身を捻った。
「そんなに急いで上がろうとすること、ないんでない? 折角二人っきりなんだし?」
「もう、のぼせそうなんだよ・・・・・・いいから放せって・・・・・・」
意固地なほどに目を合わそうとせず、体をよじるユーリに、レイヴンは目を細めた。
わざと、いつもならば即行で非難と拳が飛びそうな言葉を選んだのだが、耳にすら入っていないようだ。
いやいやと振る頭は伏せられていて、長い睫毛が水蒸気で濡れているのが良く見える。
そこで一つの考えが頭に浮かび、レイヴンはユーリに体を寄せ追い詰める。
濡れた肌が触れ合い、ユーリは顔をしかめたが、レイヴンに気にした様子はない。
「レイヴン、ほんとに・・・・・・」
「ね、何で俺と目、合わせてくんないの?」
ぴくり、とユーリの肩がはねる。
レイヴンはやはりな、とほくそえんだ。
「ユーリ・・・・・・俺を見て」
今レイヴンは、当たり前といえば当たり前であるが、髪を結っていない。
つまりそういう事だった。
普段髪をと梳かしもせず、ぼさぼさとはねるままにしているレイヴンは、面倒くさがって寝る前以外は髪を下ろそうとしない。
そして起きたときには寝癖やら何やらで更にひどい事になっているので、そこに面影を見出す事はあまりないのだ。
―――シュヴァーンの面影を。
しかしここは温泉で、辺りは湿った湯気で満ちている。
濡れて重くなった髪は真っ直ぐ肩口に落ち、前髪は右目を半ば隠していた。
しかも、それから目を逸らそうと下を向けば、今度は筋肉質な体にあって、そこだけが無機質な心臓魔導器に目を奪われる。
それが嫌で、その顔を見るのが、魔導器を見るのが嫌で、ユーリは己と風呂に行くのを嫌がっていたのだと。
そう気付いたレイヴンは、顔がにやけていくのを止められなかった。
「顔、見せてユーリ。お願い」
耳元で囁かれて、ユーリはそろそろと顔を上げる。
ぴちょん、という何気ない水音がどうしようもなく響く。
久しぶりに見た気のするユーリの顔は、熱で上気してレイヴンを誘った。
しかしその瞳は不安に揺れている。
「ユーリ・・・・・・今、何を思ってる? ”レイヴン”がいなくなって不安? それとも俺を切った時の罪悪感?」
恐らく、どちらもだろう。
レイヴンの問いできゅ、と寄った眉がそう語っている。
それが判るから、レイヴンは笑みを深めた。
ユーリの世界を構成する人々の中で、今、彼の思考を、心を独占しているのは己だと。
そう感じることが出来るからだ。
歪んでいると、言われてしまえばそうかもしれない。
結果、今ユーリの顔は苦悩に歪んでしまっているのだ。
「・・・・・・・・・っ!?」
そう考えてしまうとたまらなくなって、レイヴンは思いを行動に移してしまっていた。
つまり、その唇に己のそれを重ねていたのだ。
ちゅ、という場違いに軽い音と共に顔が離れ、ユーリの驚愕に染まった顔が再びレイヴンの目に映った。
信じられない!
有り得ない!
そんな胸裏をありありと表情に映して顔を真っ赤に染めるユーリに、レイヴンは止めの一言を放った。
「青年てば、唇柔らかいのねぇ」
「はぁーあ」
一人になってしまった露天風呂で、レイヴンは楽しげな様子を隠すこともせず吐息をつく。
首筋に手をあて、参ったとばかりに天を仰いだ。
ユーリの顔が頭から離れない。
「今回は逃がしてあげたけど・・・・・・次こんな事になったら、おっさん、耐え切れる自信ないわよ?」
先ほどのキスの後、レイヴンが茶化すように言ったおかげで呪縛の解けたユーリは、脱兎のように逃げてしまった。
ともすれば据え膳とも言えるこんな状況でも、手を出すことの出来なかった自分に笑ってしまうが、それも最後だ。
あんな顔をされてしまったら、もう我慢など出来ない。
覚悟しておいてよねと、レイヴンはここにいないユーリを思い、湯煙に思いを放った。
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うわああああ
恥ずかしい!
大したこともないのにキスの描写って何か恥ずかしい!
そういうのって妄想の中では割と思いつくんですが、何か文字にしづらいんですよね・・・・・・(照)PR
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